【著者からのコメント】
わたしの家に、サニーという雑種がいます。この物語のさくらちゃんのモデルになった犬です。さくらちゃんみたいにぶちは無いし、長靴を履いてもいないけれど、黄土色の体は痩せていて、女の子とは程遠いみすぼらしい顔をしています。「サニー!」と呼ぶとうれしそうに尻尾を振って、でも、きまぐれに「ジョン!」と呼んでも少し尻尾を振るし、「うんこー」なんて言っても、こちらにこそこそやってきたりします。でもそんなときは、ちょっとふに落ちない顔をしていて、それがとても可愛いのです。後ろ足を持ち上げたり、鼻先を口の中にぱっくり入れたり、頭にハンカチを巻いたり、私が何をしても、ちょっとふに落ちない、困った顔で、それでも尻尾を振ります。サニーは今年で十五歳、とてもとてもおばあちゃんです。
この前久しぶりにお家に帰ったら、玄関に驚くほどやせっぽちになったサニーがいました。メニエール病の影響で首は曲がったまま、目も真っ白で、耳も聞こえません。でも、出し抜けに私が扉を開けると、立ち上がって、尻尾を振りました。私のことなんて、きっともう分かっていないだろうに、その尻尾を、ぱたぱたと振りました。くるんと丸まった、がしがしと硬い毛の生えた、サニーの尻尾。
私は、その尻尾を、見たかったんだなぁと思います。
困った顔でも、ふに落ちなくても、誰かが泣いていても、怒っていても、サニーは尻尾を振りました。少し息苦しい空気も、サニーが尻尾を振ると、その柔らかな風でどこかに飛んでいくような気がしました。お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、サニーが尻尾を振ると、そのぱたぱたという音にじっと耳を済ませたし、その規則正しい動きを見て、皆で笑いました。サニーは今年で十五歳、とてもとてもおばあちゃんです。ねえ、サニー。
尻尾を振ろうと思います。突然だな、でも、そう、尻尾を振ろうと思う。
恋人の肩に触れたとき、眠っている誰かを見たとき、月が綺麗に半分に割れているとき、雲間から光が差したとき、久しぶりに友達に会ったとき、いただきますを言うとき、新しい靴を買ったとき、自転車で立ち漕ぎをするとき、お母さんに手紙を書くとき、皆が、笑ってるとき。
私は全力で、尻尾を振ろうと思う。
嬉しくて、幸せで、泣きそうで、そんなときは、ちぎれるくらい尻尾を振ろう。
辛くって、悲しくて、ひとりぼっちで、そんなときは、何度だって尻尾を振ろう。
ねえ、サニー!
「さくら」を読んでくれた人たち、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、友達、恋人、(勇気ある)編集者石川さん、(勇気ある)営業マン新里さん、(勇気ある!)小学館の皆さん、そして今、どこかにいる誰かに。
ありがとう。
私の尻尾は今、あんまり振りすぎて、どこかに飛んでいきそうです。
西 加奈子